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メール・インターネットの私的利用で解雇できる?

事例

私は,先日,会社の上司から呼び出されて,職務専念義務違反を理由に,解雇すると告げられました。詳しく聞くと,私が,会社から貸与されたパソコンを利用して就業時間中に私用メールを送受信していたことが職務専念義務に違反し,解雇事由に当たるというのです。このような場合,解雇は認められるのでしょうか。

不当解雇

回答

パソコンの私的利用を理由に懲戒処分等の不利益処分を課すには,就業規則にそれを禁止する旨,かつ,それを懲戒事由とする旨の定めがなければなりません。また,仮にそのような定めがあり,形式的には懲戒事由に該当しても,その利用状況が他の労働者と大差ないような場合には,一部の労働者に対してだけ懲戒処分を課すことは処分の相当性や平等性の点から認められないと考えられます。


 

解説

1 電子メールの私的利用と職務専念義務,施設管理権との関係

電子メールの私的利用は,それが業務時間内に行われる場合には,職務専念義務との関係が問題となります。労働者は,労働契約に基づきその職務を誠実に履行する義務(職務専念義務)を負うものとされ,業務時間内に業務とは無関係な私用に時間を費やしてはならないのが原則です。
また,個人に貸与されるパソコンは業務遂行のための会社財産(設備)なので,そのような会社財産を私的目的で利用できるのかという問題も生じます。会社の施設,設備には会社の施設管理権が及ぶので,たとえ業務時間外であっても,労働者は当然に会社設備を自由に,または私的に利用できるわけではないからです。
この問題については,会社がどのような方針をとり,かつ従業員にそれを徹底していたか否かが重要な判断要素となると考えられます。会社内における電子メール・インターネットの利用規程が整備されていれば,原則的には,その規制に従うべきことになります。パソコンの私的利用について,就業規則でこれを禁止し,これを懲戒事由とする定めがあれば,懲戒処分といった不利益処分を課すことも可能でしょうし,業務時間内に長時間にわたってパソコンを私的利用している場合などは,就業規則の他の条項(職務怠慢,職場規律違反など)に基づき処分される可能性もあります。
規程の整備がなされていない場合には,現実的には,私的メールの利用も業務に支障が生じない限り,使用者は黙認しているのが実情でしょう。会社設備とはいっても,パスワードの設定により他人の利用が事実上制限され,貸与を受けた個人の使用が前提となっているのが一般的だからです。従って,使用者がパソコンの利用について一定の方針・ルールを示し,それを従業員に周知徹底しているような場合以外は,私的メールなども社会通念上許容される限度で許容されていると考えるべきであり,職場秩序違反(会社設備の私的利用)を問うことは難しいと考えられます。また,業務時間内に私用メールなどをすることは,形式的には,職務専念義務に違反するといえますが,多くの裁判例は,電子メールの私的利用について,「会社における職務の妨げにならず,会社の経済的負担も極めて軽微である場合には,合理的な限度の範囲内で会社の電話装置を用いることも社会通念上許されており,このことは,会社のネットワークシステムを用いた私的電子メールの送受信に関しても妥当する」としています。

2 電子メールのモニタリング,閲読の可否

さらには,労働者の承諾を得ることなく,会社が閲読した私用メールの内容を理由とする懲戒や解雇処分は有効か否か,あるいは私用メールの無断閲読に対し損害賠償請求が可能かどうか,といった問題が生じます。
パソコンについて,パスワードの設定により他人の利用が事実上制限され,貸与を受けた個人の使用が前提となっていて,かつ,私用メールが黙認されているような場合は,一般に,私用メールの内容にもプライバシー保護が及ぶと考えられます。
一方,メールの使用状況(電子メールの記載内容を含む)を調査する旨の就業規則等(調査目的,調査方法,調査対象,収集データの利用方法等を明確に定めることが求められる)が定められ,それが周知徹底されている場合は,規則の定めに従って調査が行われる限り,私用メールの内容の閲読はプライバシー侵害に当たるとはいえないでしょう。

 

 

判決事例

メール・インターネットの私的利用を理由とする解雇等が無効と判断された事例

グレイワールドワイド事件
東京地判平成15.9.22労判870-83
(事案の概要)
Yは,広告企画,ブランド構築等を主たる業務とする株式会社であるところ,Xは,昭和54年2月,Yに採用され,本件当時,主に秘書業務,英文による情報提供業務,翻訳業務等に従事していた。
しかし,Xは,機密漏洩をしたことを理由に,平成13年9月30日,Yより解雇された。
(裁判所の判断)
裁判所は,「労働者は,労働契約上の義務として就業時間中は職務に専念すべき義務を負っているが,労働者といえども個人として社会生活を送っている以上,就業時間中に外部と連絡をとることが一切許されないわけではなく,就業規則等に特段の定めがない限り,職務遂行の支障とならず,使用者に過度の経済的負担をかけないなど社会通念上相当と認められる限度で使用者のパソコン等を利用して私用メールを送受信しても上記職務専念義務に違反するものではないと考えられる。本件について見ると,被告(筆者注:Y)においては就業時間中の私用メールが明確には禁じられていなかった上,就業時間中に原告(筆者注:X)が送受信したメールは1日あたり2通程度であり,それによって原告が職務遂行に支障を来したとか被告に過度の経済的負担をかけたとは認められず,社会通念上相当な範囲内にとどまるというべきであるから,私用メールの送受信行為自体をとらえて原告が職務専念義務に違反したということはできない。以上を前提に本件解雇が解雇権の濫用にあたるか否かを検討するに,被告の主張する解雇事由のうち,就業規則上の解雇事由に該当するといえるのは,私用メールによる上司への誹謗中傷行為及び他の従業員の転職あっせん行為のみであり,後者については前記のとおり背信性の程度が低いこと,原告が,本件解雇時まで約22年間にわたり被告のもとで勤務し,その間,特段の非違行為もなく,むしろ良好な勤務実績を挙げて被告に貢献してきたことを併せ考慮すると,本件解雇が客観的合理性及び社会的相当性を備えているとは評価し難い。」と判示して,解雇は解雇権の濫用にあたり無効と判断した。

北沢産業事件
東京地判平成19.9.18労判947-23
(事案の概要)
Yは,厨房器具の製造並びに販売及び厨房設備の工事請負等を業とする株式会社であるところ,Xは,昭和63年4月1日,Yに期間の定めのない従業員として入社した。
しかし,Xは,勤務時間中に,他の社員の誹謗中傷や,業務と関係のないメールの送受信を繰り返し,社外の知人との間においても多数の私用メールの送受信を行ったことなどを理由に,平成18年7月31日,Yより即時解雇された。
(裁判所の判断)
裁判所は,平成16年4月5日から同17年4月21日までの約13か月の間,Xが送信した私用メールは,証拠上32通であり,その頻度は,1か月に2通から3通というものにすぎないこと,また,その内容も,中には,取引先の関係者からの世間話に応じたもの,母校の後輩からの就職相談に答えたもの,社員との懇親会の打ち合わせといったやむを得ないものや,その必要性をあながち否定しがたいものも含まれているし,証拠上,その作成に長時間を要し,業務に具体的支障を生じさせたと解されるメールも存在しないことなどを認定した上,「Xがした私用メールが社会通念上許容される範囲を超えるものであったとは認めがたく,これを就業規則違反に問うことはできないというほかない。」と判示して,解雇を無効と判断した。

全国建設工事業国民健康保険組合北海道東支部事件
札幌地判平17.5.26労判929-66
(事案の概要)
Yは,全国の建設工事業に従事する労働者の国民健康保険に関する事務処理を目的として国民健康保険法17条に基づき昭和45年6月18日に設立認可された組合である全国建設工事業国民健康保険組合の組合規約63条に定める支部であるところ,X1は,昭和57年7月1日にYに採用され,本件当時,業務2課の課長の職にあり,X2は,平成3年6月1日にYに採用され,主に健康保険の適用,給付,他機関との調整などの業務を行っていた。
しかし,Yは,私的メール交信やチャットソフトをダウンロードしたことを理由に,平成15年4月25日,X1に対し降任処分および減給処分,X2に対し減給処分(以下併せて「第1次処分」という。),同年9月9日,X1に対し減給処分(以下「第2次処分」という。),同16年8月24日,X2に対し減給処分(以下「第3次処分」という。)を行った。
(裁判所の判断)
裁判所は,「原告X1に対する減給処分が懲戒権の濫用に当たるかについてみるに,原告X1の上記認定の私的メール交信は,約7か月間のうち28回に過ぎず(現実にはその他多数回の交信が窺えるが,それをもって不利益処分の根拠とすることはできない。),1回の所要時間も短時間のものであり,内容的にも業務関連のものが少なくないこと,被告(筆者注:Y)事務局では,業務用パソコンの取扱規則等の定めがない上,各職員のパソコンの私的利用に対して注意や警告がなされたことはなく,B局長や管理職のCにおいても私的利用の実態があったこと,・・・などにかんがみると,原告X1に対する第1次処分の減給処分は,懲戒処分としての合理性に乏しく,社会通念上重過ぎて相当性を欠くというべきであり,懲戒権の濫用として無効といわざるを得ない。」,「原告X2の上記行為はいずれも業務用パソコンを私的に利用した行為であり,他の職員にチャットの利用を誘ったことのほか就業時間内の外部者とのチャット交信などその行為は悪質であり,職場規律・企業秩序の点からも軽視できないものであるから,規程27条2項(物品の私用禁止)に該当するというべきである。しかしながら,原告X2に対する第1次処分は,私的メールやチャットの頻度が多いとはいえないこと(この点,被告は,原告X2が交信記録を削除したとして多数回の私的利用があったと推測するが,懲戒処分は一種の刑罰であるから,証拠に基づかないで単なる推測・憶測に基づく処分は許されるべきではない。),原告X1に対する処分と同様に,当時の被告事務局では,パソコンの取扱規則等が定められておらず,パソコンの私的使用に対し注意や警告がなされたこともなかったこと,上記のとおり交信記録の調査方法には公正性に疑問があること,・・・などの諸事情を考慮すると,原告X2の上記行為に対する減給処分は,懲戒処分としての合理性に乏しく,社会通念上重過ぎて不当というべきであって,懲戒権の濫用として無効である。」と判示して,懲戒処分を無効と判断した。

リンクシードシステム事件
東京地裁八王子支判平成15.9.19労判859-87
電子・通信その他電気一般に関する装置等の設計・製造・販売会社の営業社員が,会社のコンピュータ及び電話回線を利用して複数の証券会社等のホームページにアクセスし,10月に15回,11月に8回,12月に4回の取引をなし,翌年2月に会社より注意を受けた後は,2月に1回,3月に1回アクセスしたため,懲戒解雇された事案につき,「個人的な株取引への関心に任せて,(会社の)コンピュータ及び電話回線を用いて証券会社等にアクセスし,何度かは取引を行ったのであるから,著しい職務規律違反があったといってよい」としつつ,「その後の成績をも斟酌して普通解雇とすることに理由がある」としても,会社に実害はなく,また,注意を受けた後は,問題とすべきアクセスはなかったので,懲戒解雇は重すぎ,無効であるとした。
(コメント)
本判決では,結論的には,懲戒解雇は重すぎるとして無効とされていますが,普通解雇であれば有効である可能性が示唆されています。

トラストシステム事件
東京地判平成19.6.22労働経済判例速報1984
労働者が,IPメッセンジャーで6か月間に1700件余りの私的なやり取りをしたことにつき,服務規律違反,職務専念義務違反であるとしつつ,職場環境を良好なものとするためにはある程度私的な会話等を交わすことが有益であること,PC等の私的利用は通常黙認され,通常の限度をいささか超えるが他の従業員から特段注意がされていないこと,業務上の問題が生じていないことなどから,服務規律違反,職務専念義務違反による解雇理由として過大に評価することは疑問が大きいとした。

メール・インターネットの私的利用を理由とする解雇等が有効と判断された事例

K工業技術専門学校(私用メール)事件
福岡高判平成17.9.14労判903-68
(事案の概要)
Yは,私立の学校法人であり,Xは,昭和52年4月,Yの経営するK工業技術専門学校(以下「Y学校」という。)の前身であるK建設機械専門学校の自動車科教師として採用され,本件当時,Y学校の自動車工学科において教師として授業を担当するとともに,進路指導課長を兼任していた。
しかし,Xは,勤務時間内に出会い系サイトに学校のメールアドレスでアクセスした行為がYの名誉信用を傷つけるものであるなどとして,平成15年9月25日,Yより懲戒解雇処分された。
(裁判所の判断)
裁判所は,Xが,平成12年12月頃から貸与されたパソコンおよび学校のメールアドレスを使って学外の交際相手と私用メールを交わし,やがて出会い系サイトで知り合った複数の女性と私用メールを交換したり,同メールアドレスで出会い系サイトに登録したりするようになったが,メールアドレスを閲覧可能にしていた投稿を見た者からYに匿名で指摘があり,Xの行為が発覚したこと,また,平成10年9月から15年9月までのメールの受信記録約1650通のおおよそ半数と,送信記録約1330通のおおよそ6割がそのような私用メールであり,それらのうち約半数程度が昼休みを除く勤務時間内に送受信されていたことなどを認定した。
その上で,「被控訴人(筆者注:X)が控訴人(筆者注:Y)学校からパーソナルコンピューターを引き上げた平成15年9月から夏休みを挟んだ同年6月中に限ってみても,同パーソナルコンピューターによる送受信メールは各約100件ずつあり,しかも,そのほとんどが私的なメールのやり取りであって,業務に関連するものはほとんどなく,連日のように複数回メールを送信し,その多くが勤務時間内に行われていたものであるなど,被控訴人の行っていた私用メールは,控訴人学校の服務規則に定める職責の遂行に専念すべき義務等に著しく反し,その程度も相当に重いものというほかない。」,「また,勤務時間中,職務に用いるために貸与されたパーソナルコンピューターを用いた私用メールのやり取りを長期間にわたり,かつ膨大な回数にわたって続けることが許容されるはずがないことは誰にでも分かる自明のことであって,・・・本件懲戒解雇は誠にやむを得ないものであって,これが不当に苛酷なものということもできない。」と判示して,懲戒解雇を有効と判断した。
(コメント)
同事件の一審判決(福岡地裁久留米支判平成16.12.17 労判888-57)は,本件懲戒解雇の有効性につき,Xには自ずと職業上高い倫理観が要求され,また校長に次ぐ地位の管理職として一般職員より重い責任を負っていたこと,XがYから貸与された業務用パソコンを使用して行った一連の行為は服務規則に違反するものであり,被用者としての職務専念義務や職場の規律維持に反するだけでなく,教職員としての適格性にも疑問を生じさせ,XやY学校の名誉信用にもかかわるものであることなどから,懲戒解雇事由に一応は該当するとしたものの,メールの内容が卑わいなものではない,授業や学生の就職関係の事務を特に疎かにしたことはない,メールの送受信自体によって業務自体に著しい支障を生じさせていない等から各服務規律違反は極めて重大なものであるとまではいえない,また,Xの投稿自体がYないしY学校の名誉・信用を毀損しその社会的評価を低下させたとは直ちにはいいがたい,パソコンの使用についてYが適宜対処しなかった落ち度があるなどとして,本件懲戒解雇は解雇権の濫用として無効であるとしました。

日経クイック情報(電子メール)事件
東京地判平成14.2.26労判825-50
(事案の概要)
Yは,それぞれ,経済情報及びそれに関連する情報についてコンピュータ処理をして販売することなどを業とする日本経済新聞社系列の株式会社であり,Xは,平成9年10月にYに雇用された。
しかし,Yは,同12年1月14日,Xに対し,私用メールが就業規則に定める懲戒事由に該当することを理由に,譴責処分(始末書の提出)を行った。Xは,同年3月1日,退職した。
(裁判所の判断)
裁判所は,「私用メールは,送信者が文書を考え作成し送信することにより,送信者がその間職務専念義務に違反し,かつ,私用で会社の施設を使用するという企業秩序違反行為を行うことになることはもちろん,受信者に私用メールを読ませることにより受信者の就労を阻害することにもなる。また,本件ではこれに止まらず,証拠によると,受信者に返事を求める内容のもの,これに応じて現に返信として私用メールが送信されたものが相当数存在する。これは,自分が職務専念義務等に違反するだけではなく,受信者に返事の文書を考え作成し送信させることにより,送信者にその間職務専念義務に違反し,私用で会社の施設を使用させるという企業秩序違反行為を行わせるものである。このような行為は,被告(筆者注:Y)会社の就業規則55条4,5,8,12号,29条2,3号に該当し,懲戒処分の対象となりうる行為である。そして,原告(筆者注:X)の私用メールの量は,証拠によると,平成11年9月から誹謗中傷メールの調査が始まる直前の12月2日までの間は,無視できないものであり,日によっては,頻繁に私用メールのやり取りがなされ,仕事の合間に行ったという程度ではないのであるから,このように多量の業務外の私用メールの存在が明らかになった以上,新たにこれについて原告に関して調査する必要が生じた。そして,業務外の私用メールであるか否かは,その題名だけから的確に判断することはできず,その内容から判断する必要がある。」と判示して,私用メールの利用が懲戒処分の対象となり得るとした。
(コメント)
本件では,使用者は会社所有のパソコンであるとしても社員の個人的なデータが保存されている領域まで調査することができるかについても問題となりました。この点につき,本判決は,(1)誹謗中傷メールが社内でメールを使用して行われたことからすると,問題のメールの送信者であると合理的な疑いを払拭できない者のメールファイルに誹謗中傷者の特定につながる情報がある可能性があり,その内容を点検する必要性があった,(2)原告の多量の業務外の私用メールの存在が明らかになった以上調査の必要があり,業務外の私用メールがあるか否かは,その題名だけから的確に判断できず,その内容から判断する必要がある,また,(3)会社が行った調査は個人使用の領域とはされていても複数の社員が1つの文書ファイルを共有する必要がないというだけで,社員個人の私的利用を許した領域ではなく,業務に必要な情報を保存する目的で会社が所有し管理するファイルサーバー上のデータであり,かつ,このような場所は,会社に持ち込まれた私物を保管させるために貸与されるロッカー等のスペースと異なり,業務に何らかの関連を有する情報が保存されていると判断されることから,調査の必要性と相当性があったとして,(会社が行った調査は)違法な行為ではないとしています。

企業秩序違反事件の調査(電子メールのモニタリング,閲読等)に対する労働者の協力義務に関する裁判例

富士重工業事件
最判昭和52.12.13判例タイムズ357-133
(事案の概要)
Yは,自動車,鉄道車両,航空機等ならびにその部品の製造,修理および販売を主たる業とする株式会社であるところ,Xは,昭和41年4月1日,Yに雇用され,本件当時,産機部業務課に勤務していた。
しかし,Xは,他の従業員の就業規則違反事件に関連してYから調査を受けた際,Yの質問にほとんど答えなかったため,同44年10月7日,Yより就業規則違反に問われ譴責処分を受けた。
(裁判所の判断)
裁判所は,「そもそも,企業秩序は,企業の存立と事業の円滑な運営の維持のために必要不可欠なものであり,企業は,この企業秩序を維持確保するため,これに必要な諸事項を規則をもつて一般的に定め,あるいは具体的に労働者に指示,命令することができ,また,企業秩序に違反する行為があつた場合には,その違反行為の内容,態様,程度等を明らかにして,乱された企業秩序の回復に必要な業務上の指示,命令を発し,又は違反者に対し制裁として懲戒処分を行うため,事実関係の調査をすることができることは,当然のことといわなければならない。しかしながら,企業が右のように企業秩序違反事件について調査をすることができるということから直ちに,労働者が,これに対応して,いつ,いかなる場合にも,当然に,企業の行う右調査に協力すべき義務を負っているものと解することはできない。けだし,労働者は,労働契約を締結して企業に雇用されることによって,企業に対し,労務提供義務を負うとともに,これに付随して,企業秩序遵守義務その他の義務を負うが,企業の一般的な支配に服するものということはできないからである。そして,右の観点に立って考えれば,当該労働者が他の労働者に対する指導,監督ないし企業秩序の維持などを職責とする者であって,右調査に協力することがその職務の内容となっている場合には,右調査に協力することは労働契約上の基本的義務である労務提供義務の履行そのものであるから,右調査に協力すべき義務を負うものといわなければならないが,右以外の場合には,調査対象である違反行為の性質,内容,当該労働者の右違反行為見聞の機会と職務執行との関連性,より適切な調査方法の有無等諸般の事情から総合的に判断して,右調査に協力することが労務提供義務を履行する上で必要かつ合理的であると認められない限り,右調査協力義務を負うことはないものと解するのが,相当である。」として,  Yに対する,Xの調査協力義務を否定した。
(コメント)
第一審判決(東京地判昭47・12・9判例タイムズ288-114)及び第二審判決(東京高判昭49・4・26判例タイムズ311-105)は,労働者の調査協力義務について,ともに,管理職的立場にない一般の労働者はその職務執行に関連して直接見聞した企業秩序違反の事項について調査協力義務を負うにすぎないと判示し,この点において見解を同じくしながら,本件の具体的判断においては,一審判決はXの調査協力義務を否定したのに対し,二審判決はこれを肯定し,判断を異にしていました。
これに対し,本判決は,労働者は,使用者の行う他の労働者の企業秩序違反事件の調査について,これに協力することが,(イ)当該労働者の職責に照らしその職務内容となっていると認められる場合,又は,(ロ)調査対象である違反行為の性質・内容,右違反行為見聞の機会と職務執行との関連性,より適切な調査方法の有無等諸般の事情から総合的に判断して,労働契約上の基本的義務である労務提供義務を履行するうえで必要かつ合理的であると認められる場合でない限り,協力義務を負わないと判示したうえ,本件の場合,Yの調査に協力することは,Xの職務内容になっていたわけではなく,また,Xの労務提供義務の履行にとって必要かつ合理的であったとも認められないから,Xには右調査に協力すべき義務はなかったとして,二審判決を破棄し,Xの請求を認容しました。

 

私的メールの監視がプライバシー侵害とならないとした裁判例

F社Z事業部(電子メール)事件
東京地判平成13.12.3労判826-76
(事案の概要)
X1(女性)は,平成9年10月から,F株式会社Z事業部(以下,同社を「F社」といい,同事業部を「Z事業部」という。)において勤務していた。X1は,平成11年6月,X2と婚姻した。Yは,平成11年4月にF社に入社し,同年5月から同12年11月までZ事業部の事業部長を務めた(平成11年5月12日取締役就任)。
(裁判所の判断)
裁判所は,Yからセクハラの被害を受けたと考えたX1がその夫(X2)にこれを批判するメールを送信しようとしたところ,誤って当該Yにメールを送信してしまったことから,Y自らがX1のメールを監視し始め,その後IT部を通じて監視を続けたことを認定した。
その上で,「会社のネットワークシステムを用いた電子メールの私的使用に関する問題は,通常の電話装置におけるいわゆる私用電話の制限の問題とほぼ同様に考えることができる。すなわち,勤労者として社会生活を送る以上,日常の社会生活を営む上で通常必要な外部との連絡の着信先として会社の電話装置を用いることが許容されるのはもちろんのこと,さらに,会社における職務の遂行の妨げとならず,会社の経済的負担も極めて軽微なものである場合には,これらの外部からの連絡に適宜即応するために必要かつ合理的な限度の範囲内において,会社の電話装置を発信に用いることも社会通念上許容されていると解するべきであり,このことは,会社のネットワークシステムを用いた私的電子メールの送受信に関しても基本的に妥当するというべきであ」り,「社員の電子メールの私的使用が前記の範囲に止まるものである限り,その使用について社員に一切のプライバシー権がないとはいえない。」,「しかしながら,その保守点検が原則として法的な守秘義務を負う電気通信事業者によって行われ,事前に特別な措置を講じない限り会話の内容そのものは即時に失われる通常の電話装置と異なり,社内ネットワークシステムを用いた電子メールの送受信については,一定の範囲でその通信内容等が社内ネットワークシステムのサーバーコンピューターや端末内に記入されるものであること,社内ネットワークシステムには当該会社の管理者が存在し,ネットワーク全体を適宜監視しながら保守を行っているのが通常であることに照らすと,利用者において,通常の電話装置の場合と全く同程度のプライバシー保護を期待することはできず,当該システムの具体的情況に応じた合理的な範囲での保護を期待し得るに止まるものというべきである。」,「このような情況のもとで,従業員が社内ネットワークシステムを用いて電子メールを私的に使用する場合に期待し得るプライバシーの保護の範囲は,通常の電話装置における場合よりも相当程度低減されることを甘受すべきであり,職務上従業員の電子メールの私的使用を監視するような責任ある立場にない者が監視した場合,あるいは,責任ある立場にある者でも,これを監視する職務上の合理的必要性が全くないのに専ら個人的な好奇心等から監視した場合あるいは社内の管理部署その他の社内の第三者に対して監視の事実を秘匿したまま個人の恣意に基づく手段方法により監視した場合など,監視の目的,手段及びその態様等を総合考慮し,監視される側に生じた不利益とを比較衡量の上,社会通念上相当な範囲を逸脱した監視がなされた場合に限り,プライバシー権の侵害となると解するのが相当である。」などとした。
(コメント)
本判決は,私的メールのプライバシー性を一定の範囲で肯定しましたが,X1のメールの私的利用の程度が限度を超えていること,メールの記載内容などの一切の事情を総合考慮すると,メールを監視したことが社会通念上相当な範囲を逸脱したとまでいえず,損害賠償を認めるだけの重大なプライバシー侵害があったとはいえないとして,X1による損害賠償請求を棄却しています。