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職務命令違反

事例

私は,ギャンブルに手を出してしまい,生活費に困ったため,つい会社のお金を横領してしまいました。会社を辞めさせられるのは覚悟していたのですが,会社は,就業規則に記載された本人に弁明の機会を与える等の手続を省略していきなり懲戒解雇の処分をしてきました。このような場合,解雇は認められるのでしょうか?

不当解雇

回答

懲戒処分を行う際には,適正手続の保障が要求され,就業規則(または労働協約)上,組合との協議等が要求される場合は,その手続を遵守すべきですし,そのような規定がない場合にも本人に弁明の機会を与えることが最小限必要とされます。多くの場合,これらの弁明の機会が与えられない懲戒処分は,軽い処分についてささいな手続上のミスがあるに過ぎないとされるものでない限りは,懲戒権の濫用として無効とされる可能性が高いといえます。

 

解説

ほとんどの企業では,「服務規律」と称される社員の行為規範が就業規則で定められています。そして,服務規律違反が,その態様からみて企業秩序を乱していると認められる場合は,懲戒解雇事由に該当することがあります。懲戒解雇事由としての服務規律違反の主なものは,競合会社の設立,横領・着服,不正行為(不正経理),暴言・暴行,反抗的態度,業務妨害,業務命令違反などです。
懲戒解雇とは,企業秩序違反行為に対する制裁罰である懲戒処分として行われる解雇のことです。但し,懲戒すべき事由があるからといって,使用者は自由に労働者に対し懲戒処分をすることはできず,「使用者が労働者を懲戒することが出来る場合において,当該懲戒が,当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして,客観的に合理的理由を欠き,社会通念上相当と認められない場合は,その権利を濫用したものとして,当該懲戒は無効とする」(労働契約法15条)として,法律で懲戒処分の濫用は禁じられています。
それゆえ,一般的には懲戒解雇処分は次のとおりの要件を満たす必要があります。

(1) 懲戒事由等を定める合理的な規程が存在すること

  • ア 就業規則等に懲戒事由及び懲戒の種類が明定されていること
  • イ アの定めが労働者に周知されていること
  • ウ アの規程の内容自体が合理的であること

(2) (1)の規程に該当する懲戒事由が実際に存在すること

(3) 適正手続を経ていること

就業規則や労働協約上,経るべき手続が定められている場合は,この手続を経る必要があります。また,このような規程が無い場合でも,本人に弁明の機会を与えることが最小限必要となります。

(4) 解雇規制に反しないこと

解雇の一種であるため,労働契約法16条(解雇権濫用)や個別法令上の解雇制限にも服します。
判例上,典型的な懲戒事由としては,①経歴詐称,②職務懈怠,勤怠不良,③業務命令違反,④業務妨害,⑤職場規律違反,⑥私生活上の犯罪,非行,などがあります。

 

 

判決事例

 

業務(職務)命令違反を理由とする懲戒(諭旨)解雇が無効と判断された事例

株式会社東谷山家事件

福岡地裁小倉支決平成9.12.25労働判例732-53
(事案の概要)
Yは,酒類の製造販売,一般貨物運送,ガソリンスタンド経営等を業とする商事会社であり,Xは,平成3年2月,Yの正規社員として採用され,トラック運転手として稼働してきた。
しかし,Xは,髪の毛を短髪にして黄色く染めて勤務し,理髪店に行って黒く染め直してくるようにとのYの指示に従わず,始末書の提出にも応じなかったため,諭旨解就業規則第44条の4号(素行不良にして・・・社内の風紀秩序を乱したとき),5号(所属長又は関連上長の業務上の指示,命令に従わないとき)及び8号(会社の規則,通達などに違反し,前各号に準ずる程度の不都合な行為があったとき)に該当する行為を行い,かつ,これら「けん責」に該当する事項が再三に及んでいるため,就業規則第46条1号(・・・違反が再度におよぶとき)に該当するとして,平成9年7月16日,Yより諭旨解雇処分(以下,「本件解雇」という。)を受けた。
(裁判所の判断)
裁判所は,「債権者(筆者注:X)は,当初,会社側から髪の色を元に戻すよう要求され,「自然に元に戻す」と返答していたが,会社側の要求が変わらないため,自ら白髪染めである程度染め戻すなどしたものの,会社側は本件解雇に及んでいる。この間における会社側の言い分は,すでにみたように,要約すれば,「髪の色は自然な色でなければ困る。少しでも色がついていてもだめだ。なぜもとに戻せないのか。髪の色は自然な色でなければならないというのが会社の方針である。この会社の方針に従いたくないというのなら辞めてもらうしかない。」というのであった。これに対して,債権者は当初個人の好みの問題と反論していたが,次いで,自ら白髪染めで染め直すなどしており,一応対外的に目立つ風貌を自制する態度に出ていたことがうかがえるところ,債務者(筆者注:Y)は追い打ちをかけるように始末書の提出を債権者に求めるに至っている。このような債務者側の態度は,社内秩序の維持を図るためとはいえ,労働者の人格や自由への制限措置について,その合理性,相当性に関する検討を加えた上でなされたものとはとうてい認め難く,むしろ,あくまで債権者から始末書をとることに眼目があったと推認され,Yの専務らの態度(債権者に対する指導)が「企業の円滑な運営上必要かつ合理的な範囲内」の制限行為にとどまるものとはいまだ解することができない。以上要するに,債権者が頭髪を黄色に染めたこと自体が債務者会社の就業規則上直ちにけん責事由に該当するわけではなく(債務者もこのような主張をしているとは解されない。),上司の説得に対する債権者の反抗的態度も,すでにみたように,会社側の「自然色以外は一切許されない」とする頑なな態度を考慮に入れると,必ずしも債権者のみに責められる点があったということはできず,債権者が始末書の提出を拒否した点も,それが「社内秩序を乱した」行為に該当すると即断することは適当でない。してみると,本件解雇は,解雇事由が存在せず,無効というべきであるが,仮に,債権者の右始末書の提出拒否行為に懲戒事由に該当する点があったとしても,本件の具 的な事情のもとでは,解雇に処するのが著しく不合理であり,社会通念上相当として是認することができない場合に当たることは明らかであり,いずれにしても,本件解雇の意思表示は解雇権の濫用として無効というべきである。」と判示して,諭旨解雇を無効と判断した。
(コメント)
本決定は,企業秩序維持・確保のため企業が労働者に必要な規制,指示,命令等を行うことが許されるが,おのずとその本質に伴う限界があり,特に,労働者の髪の色・型,容姿,服装などといった人の人格や自由に関する事柄について,企業秩序の維持を名目に労働者の自由を制限しようとする場合には,具体的な制限行為の内容は,制限の必要性,合理性,手段方法としての相当性を欠くことのないよう特段の配慮が要請されると解されるとしています。

S社(性同一性障害者解雇)事件

東京地決平成14.6.20労働判例830-13
(事案の概要)
Xは,平成14年3月4日,女性の服装,化粧等(以下「女性の容姿」という。)をして出社し,配転先である製作部製作課において在席したが,しばらくしてYから自宅待機を命じられ,その後,就労しなかった。Yは,3月5日から8日までの,女性の容姿をして出社してきたXに対し,それぞれ以下のとおり記載された通知書を発し,自宅待機を命じた(以下,下記1,2の命令を「本件服務命令」という。)。
 「就業規則57条(服務義務),58条(服務規定)に基づき下記事項を命じるとともに,自宅待機を命じます。

     
  • 1 女性風の服装またはアクセサリーを身につけたり,または女性風の化粧をしたりしないこと。
  •  
  • 2 明日は,服装を正し,始業時間前に出社すること。

なお,今後も貴殿が上記命令に従わない場合には,当社就業規則に基づき厳重なる処分をすることとなりますので,その旨付記します。」
しかし,Xは,その後も本件服務命令(女装で出勤しないこと等)に全く従わなかったため,同年4月17日,Yより懲戒解雇された。
(裁判所の判断)
裁判所は,「債権者(筆者注:X)は,従前は男性として,男性の容姿をして債務者(筆者注:Y)に就労していたが,1月22日,債務者に対し,初めて女性の容姿をして就労すること等を認めるように求める本件申出をし,3月4日,本件申出が債務者から承認されなかった後に最初に出社した日,突然,女性の容姿をして出社し,配転先である製作部製作課に現れたのであり,債務者社員が債権者のこのような行動を全く予期していなかったであろうことを考えると,債務者社員(特に人事担当者や配転先である製作部製作課の社員)は,女性の容姿をした債権者を見聞きして,ショックを受け,強い違和感を抱いたものと認められる。そして,債務者社員の多くが,当時,債権者がこのような行動をするに至った理由をほとんど認識していなかったであろうことに加え,一般に,身体上の性と異なる性の容姿をする者に対し,その当否はさておき,興味本位で見たり,嫌悪感を抱いたりする者が相当数存すること,性同一性障害者の存在,同障害の症例及び対処方法について,医学的見地から専門的に検討され,これに関する情報が一般に提供されるようになったのが,最近になってからであることに照らすと,債務者社員のうち相当数が,女性の容姿をして就労しようとする債権者に対し,嫌悪感を抱いたものと認められる。また,債務者の取引先や顧客のうち相当数が,女性の容姿をした債権者を見て違和感を抱き,債権者が従前に男性として就労していたことを知り,債権者に対し嫌悪感を抱くおそれがあることは認められる。さらに,一般に,労働者が使用者に対し,従前と異なる性の容姿をすることを認めてほしいと申し出ることが極めて稀であること,本件申出が,専ら債権者側の事情に基づくものである上,債務者及びその社員に配慮を求めるものであることを考えると,債務者が,債権者の行動による社内外への影響を憂慮し,当面の混乱を避けるために,債権者に対して女性の容姿をして就労しないよう求めること自体は,一応理由があるといえる。しかし,債権者が,平成●●年●月●●日以降,●に通い,性同一性障害(性転換症)との診断を受け,精神療法等の治療を受けていること,同年●●月●●日,妻との調停離婚が成立したこと,債権者が受診した上記●の医師が作成した平成●●年●月●●日付け診断書において,債権者について,女性としての性自認が確立しており,今後変化することもないと思われる,職場以外において女性装による生活状態に入っている旨記載されていること,債権者が,同年7月2日,家庭裁判所の許可を受けて,戸籍上の名を通常,男性名である「●●」から,女性名とも読める「●●」に変更したことは,前提となる事実のとおりである。・・また,疎明資料によれば,債権者が,幼少のころから男性として生活し,成長することに強い違和感を覚え,次第に女性としての自己を自覚するようになったこと,債権者は,性同一性障害として精神科で医師の診療を受け,ホルモン療法を受けたことから,精神的,肉体的に女性化が進み,平成13年12月ころには,男性の容姿をして債務者で就労することが精神,肉体の両面において次第に困難になっていたことが認められる。これらによれば,債権者は,本件申出をした当時には,性同一性障害(性転換症)として,精神的,肉体的に女性として行動することを強く求めており,他者から男性としての行動を要求され又は女性としての行動を抑制されると,多大な精神的苦痛を被る状態にあったということができる。そして,このことに照らすと,債権者が債務者に対し,女性の容姿をして就労することを認め,これに伴う配慮をしてほしいと求めることは,相応の理由があるものといえる。このような債権者の事情を踏まえ(れば),・・債務者社員が債権者に抱いた違和感及び嫌悪感は,債権者における上記事情を認識し,理解するよう図ることにより,時間の経過も相まって緩和する余地が十分あるものといえる。また,債務者の取引先や顧客が債権者に抱き又は抱くおそれのある違和感及び嫌悪感については,債務者の業務遂行上著しい支障を来すおそれがあるとまで認めるに足りる的確な疎明はない。のみならず,債務者は,債権者に対し,本件申出を受けた1月22目からこれを承認しないと回答した2月14日までの間に,本件申出について何らかの対応をし,また,この回答をした際にその具体的理由を説明しようとしたとは認められない上,その後の経緯に照らすと,債権者の性同一性障害に関する事情を理解し,本件申出に関する債権者の意向を反映しようとする姿勢を有していたとも認められない。そして,債務者において,債権者の業務内容,就労環境等について,本件申出に基づき,債務者,債権者双方の事情を踏まえた適切な配慮をした場合においても,なお,女性の容姿をした債権者を就労させることが,債務者における企業秩序又は業務遂行において,著しい支障を来すと認めるに足りる疎明はない。以上によれば,債権者による本件服務命令違反行為は,懲戒解雇事由である就業規則88条9号の「会社の指示・命令に背き改悛せず」に当たり,また,57条の服務義務に違反するものとして,懲戒解雇事由である88条13号の「その他就業規則に定めたことに故意に違反し」には当たり得るが,・・懲戒解雇に相当するまで重大かつ悪質な企業秩序違反であると認めることはできない。」と判示して,懲戒解雇を無効と判断した(判決文中,●表記は原文のとおり)。
(コメント)
本決定により,現在の段階においては,その障害の原因,機序,治療方法等において必ずしも明確にされているとはいえない性同一性障害の労働関係上の問題について,初めて司法判断が示されました。本決定は,企業側がXの要求を拒否したこと自体にはそれなりの理由があったとしつつ,性同一性障害者であるXの特殊な背景事情に適切な対応ないし配慮をしなかった点を重く見て,総括的に本件懲戒解雇処分を権利の濫用として無効とし,仮処分を認容する形においてX側の主張を一応受け入れました。仮処分事件ながら,性同一性障害者である従業員に対する企業側の職場環境に関する一定の配慮義務を明示的に認めた初の事例と位置づけることができるでしょう。

業務(職務)命令には理由がなく,それに従う義務はないと判断した事例

イースタン・エアポートモータース事件

東京地判昭和55.12.15労働判例354-46
(事案の概要)
Yは,全日本空輸株式会社(以下全日空と略称する)のパイロツト等の送迎を業とするハイヤー会社であり,XはYに雇用されているハイヤー運転手である。
しかし,Xは,昭和52年3月ころより鼻下に髭をたくわえていたところ,Yは,昭和53年2月1日,Xに対し「次の勤務日までに必ず髭をそるように。もし髭をそらないときは,ハイヤー乗車勤務につかせない」との業務命令を発した(以下本件業務命令という)。Xは,本件業務命令に従わないで出勤したところ,Yは,Xに対しハイヤーに乗車勤務させず,事業所内に待機することを命じた(以下,本件下車勤務命令という)。
(裁判所の判断)
裁判所は,「被告(筆者注:Y)会社は,一般旅客運送を業とする会社であり,ハイヤー営業が収入源を殆んど一手に支えるものである。ハイヤー営業においては,人的機構や物的設備が顧客を中心として構成され,全体として安全,確実な輸送はもとより,寛ぎのある快適なサービスの提供が重要視されることから,ハイヤー運転手は,服装,みだしなみあるいは言動,応接態度には常に留意して顧客を接遇することが要請されるのであつて,被告会社としてもハイヤー運転手のサービス提供のあり方について事業経営上格別の努力を払ってきた。すなわち,ハイヤー運転手は,運転技術のみならず服装,みだしなみ,挙措,言行等についてもハイヤーサービスの提供にふさわしい品格を保持すべきであるとして,「乗務員勤務要領」によりサービス提供に関する一般的かつ基本的な事項を具体的に指示し,これを日常勤務の上で十分発揮することを徹底して教育し,その履践を求めていたものである。そうであるとすれば,右「乗務員勤務要項」は,被告会社の定める規則又は諸規程に該当しないとしても,被告会社が,ハイヤー業務の特殊性を直視してハイヤー運転手がハイヤーに乗車勤務する上で遵守すべき服務を規律したいわゆる業務上の指示・命令の一にほかならないと解するのが相当である。先にのべたとおりハイヤー運転手は,業務の性質上顧客に対して不快な感情や反発感を抱せるような服装,みだしなみ挙措が許されないのは当然であるから,被告会社がこのようなサービス提供に関する一般的な業務上の指示・命令を発した場合,それ自体合理的な根拠を有するから,ハイヤー運転手がそれに則ってハイヤー業務にあたることは,円満な労務提供業務を履行するうえで要求されて然るべきところである。のみならず,被告会社が,原告(筆者注:X)を採用するにあたってもハイヤー業務の特殊性および顧客に対するサービスに徹することを説示した上で,「乗務員勤務要領」を交付してその履行を教育・指導していたものであるから,原告は,これに従った労務提供義務を負うことは明らかである。従って,原告は,「乗務員勤務要領」により指示された車両の手入れ,身だしなみを履践することはもちろん髭をそるべきこともまた当然である。そこで,「乗務員勤務要領」に記載されている"ヒゲ"が本件のような口ひげをも指すか否かが問題となる。(なお,原告が,被告会社と労働契約を結んだ際,口ひげをはやしてハイヤーに乗車勤務しないとの労働条件が明示的に右契約の内容とされたことを認める証拠はない)。・・右「乗務員勤務要領」が作成された当時においては,髭に対する観念が未だ一般化していなかつた状況を考えると,口ひげに対する規制をも念頭においてこれを作成したと解することは困難である。かてて加えて,本件発生に至るまでの間,被告会社においては,海外旅行等に伴う事情があつたとはいえハイヤー運転手が口ひげをはやしたままハイヤーに乗車勤務することを了知していた事実も認められるし,又,被告会社が右ハイヤー運転手や原告に対し口ひげを規制したのは,口ひげが「みつともなく,お客に不快感を与える」からであり,「就業規則には関係ない」ことを言明しているのであつて,そうであるとすれば,被告会社は,右「乗務員勤務要領」の「ヒゲをそる」旨の箇条により従業員の口ひげをも一般的かつ一律に規制し得ると考えていたか否か甚だ疑問であるといわざるを得ない。むしろ,被告会社は,ハイヤー運転手に端正で清潔な服装・頭髪あるいはみだしなみを要求し,顧客に快適なサービスの提供をするように指導していたのであつて,そのなかで「ヒゲをそること」とは,第一義的には右趣旨に反する不快感を伴う「無精ひげ」とか「異様,奇異なひげ」を指しているものと解するのが相当である。従って,「乗務員勤務要領」にもとづいて原告の口ひげを規制すべく本件業務命令を発したとする被告会社の主張は理由がない。」と判示して,口ひげをそる労働契約上の義務がないことを認めた。

業務(職務)命令違反を理由とする懲戒解雇が有効と判断された事例

モルガン・スタンレー・ジャパン・リミテッド事件

東京高判平成17.11.30労働判例919-83
(事案の概要)
Xは,Yに雇用されて,包括的長期為替予約を内容とする金融商品「フラット為替」の販売に従事していたが,日本公認会計士協会が平成15年2月に包括的長期為替予約についてヘッジ会計の適用に関する監査上の留意点(以下,「本件留意点」という。)を発表したことから,これがXの従事する営業行為を阻害するものと考えて,同年9月にその不当性を主張する論文を経済雑誌に寄稿し,10月には協会に対し本件留意点の撤回を求める内容証明郵便を送付するとともに,いわゆる5大監査法人に対しても本件留意点を盲信して監査業務を行うことは背信行為であるとする内容証明郵便を送付し,協会に対しては更に平成16年4月1日に不法行為に基づく慰謝料の支払を求める訴訟(以下,「別件訴訟」という。)を提起するなどし,この別件訴訟の取下げを命じる被控訴人からの業務命令にも従わなかった。
これらのXの一連の行動に対し,Yは,平成16年4月7日には,事前に相談のないまま別件訴訟を提起したことを理由にけん責処分(以下,「本件けん責処分」という。)を行い,同月26日には,別件訴訟の取下命令に従わないなど,被控訴人の定める行為規範や業務命令に違反する就業規則違反があったことを理由として,懲戒解雇の意思表示をした。また,Yは,同年9月6日,予備的に普通解雇の意思表示をした。
(裁判所の判断)
裁判所は,「控訴人(筆者注:X)は,別件訴訟の提起は憲法上認められた裁判を受ける権利及び表現の自由の発露といえる適法かつ正当な行為であると主張するが,・・本件留意点については被控訴人(筆者注:Y)において組織体として対応すべきものであって,個々の従業員が被控訴人の組織体としての検討や方針を離れて,自分の判断により行動する権限を有するものではないから,一従業員である控訴人が自分の判断のみにより,訴訟の提起という方法で本件留意点に対抗しようとすることは許されないものである。また,このような行動は,被控訴人の事業活動の一環としての面を有するものであり,当然に被控訴人の指揮命令権限が及ぶ。したがって,被控訴人は,このような就業規則や本件行為規範に違反する訴訟の提起に対しては,業務命令として訴訟の取下げを命じることもできるというべきである。控訴人は,平成16年4月7日以降,F室長,B弁護士やC本部長らから別件訴訟の取下げを勧告され,4月21日には業務命令として訴訟の取下げを命じられたが,4月23日,この業務命令には従わないとの通知をしたものであり,就業規則7条に違反する。」,「本件けん責処分は,事前に直属の上司又は法務部に相談することなく別件訴訟を提起したことに対して行われたものであり,その趣旨は,前後の事実関係からすると,控訴人の本件の一連の行動のうち無断で独自に別件訴訟を提起した点をとらえて,それが懲戒処分の対象となる重大な非違行為であることを認識させ,その後の対応として速やかに別件訴訟を取り下げ,これまでの行為を反省させるためのいわば第一次的処分としてされたものであり,けん責書が控訴人の今後の行為にも触れていることからしても,控訴人においてその後の真摯な反省と対応がされた場合には,その余の行為は改めて問題にはしないという意図の下で,軽いけん責処分を選択したものと認められる。そして,そのような被控訴人の意図や本件けん責処分の趣旨は,控訴人も当然に認識しており,あるいは容易に認識し得たものというべきである。ところが,本件においては,控訴人は別件訴訟の取下命令に従わなかったばかりか,自分の行為を反省する素振りも見せなかったため,これまでの事実経過を踏まえて別件訴訟提起後の行為を評価し,最終的な処分として懲戒解雇がされたものであり,これを一事不再理ないし二重処罰の禁止に触れると評価すべきものではない。」と判示して,懲戒解雇を有効と判断した。
(コメント)
同事件の一審判決は,懲戒解雇の効力について,本件留意点に関するXの一連の行動を,12に及ぶ非違行為を反復継続して故意または過失に基づいて行ったものと認定し,規律違反の程度は重大とする一方で,Y社が損害を被ったり,その具体的な危険が生じたとまでいうことはできないこと,本件懲戒解雇の理由として大きな比重を占めていることが明らかである行為(Xが別件訴訟の取下命令に従わなかったこと)は非違行為とはいえないこと,他事例における従業員の処分との均衡などを考慮して,本件懲戒解雇は,処分として重すぎるというベきで,懲戒権を濫用したものとして無効とするのが相当であると判断しましたが,普通解雇については,「XY間の信頼関係は,既に破壊され,それが修復される可能性はないといわざるを得ないから,Xについて,雇用の継続を困難とする重大な理由があ」るとして,有効と判断しました。
本判決後,Xは東京高裁に上告提起したが,民訴法316条1項2号(上告状に上告の理由がなく法定期間内に上告理由書を提出しないとき等)に従い却下とされ,最高裁への上告受理申立についても民訴法318条1項により受理すべきものとは認められないとされました。